らはいむ

「ターンAの癒し」からいつの間にか「こぶし」論

「ターンAの癒し」を一通り読んだ。面白かった。富野監督という人はやはり頭がオカシイ。でもオカシイということは自覚していらして(だからタブンまだ本当にオカシクはない)、そのスレスレのところで創作活動をされていることが、伝わってきた。そのスレスレ具合は、時に不快感も誘うが、それでも面白かった。

アニメという2次元世界の創作現場の裏側。生々しい。こういうのはあまり好んで読まないのだけど。ターンAは商業的には確かに苦労したらしい。でも、それに曲げられることなく50話を放映できた関係者の方々に敬意を表したい。私は当時、存在すら知らず、(確か日本にもいなかった)ガンダムに関しても、アムロ・シャア・仮面・トリコロールのロボットという言葉しか知らなかった。(それだけ知っていたということが、ガンダムの浸透力を物語っているのだろうか?)





それから5年以上経て、私はターンAを見て感動した。いいもの見せてもらったなあ・・・と。その前フリとして種で、機体燃えに目覚めた前フリがあったのだが、そういう意味では種に感謝したい。(繰り返し言うけど)

サントラのⅢを借りてきた。「月の繭」ホント、ええのお。しみじみと。最終話の試写会で監督は涙したらしいが、納得。誰かを感動させるためには、まず制作者自身が感動しないといけない。その感動は、しかと受けとめさせていただきました。

一つだけターンAに文句をつけるとするなら、後期OPの歌い方。私はそれだけは耐えられない。曲そのものはいいのかも知れないのだけど、歌い方に我慢ならず、聴くことができない。これはおそらく、主題歌も商業的に苦しく、当時の流行りっぽい歌い方?をする人を持ってきたのだろうか?同じような歌い方に河村隆一(こんな字だっけ?)という方を想起するが、彼の場合、何かもうネタの域に入ってしまっているので、気にならない。(なんだそれ)

いわゆる「こぶし」を回す歌い方に悪寒がするのだ。「こぶし」の定義はよくわからないが、一般的に演歌でよく聴く歌い方が代表的なのだろうか、まあ、ぐるぐる回す感じの表現方法。前期OPのターンAターンの濃ゆさ(恐るべきかな小林ぱっとサイデリア亜星氏)は、曲そのものが「こぶし」で、同じく濃ゆそうなシンガー西城秀樹カンゲキ氏も、どれだけものすごい「こぶし」を回すかと思いきや、よく聴いてみると、彼は「こぶし」を回す歌い方はしていない。これは大いに好感が持てる。といっても曲そのものは「こぶし」だが。だが、後期OP(の歌い方)は私的NGで、前期OPは遥かつき抜けてしまってOKなのである。例えるなら、前者はゲルズゲーでNG、後者はザムザザーでOKなのである。(わかりにくい喩え)

何故こんなにも「こぶし」を厭うのかというと、自分が「こぶし」体質だからである。別にカラオケ歌うときに「こぶし」が回るわけではない。(そんな高度な歌唱力は皆無。)ただ、ピアノを弾くとき、どうやらそうなることがあるらしく、昔、それを先生から指摘され、「表現したいことがあるときは、体を動かすよりもむしろじっとさせなさい。」という教えを受けたから。今でも至言だと思っている。

「こぶし」は熱き魂の発露である。(オオゲサ)だからこそ、小手先で回されると、モノスゴイ不快感・嫌悪感を感じてしまう。いんや、オラはいつでも本気(と書いてマジと読め)で回してるべ、と言われても、あまり正面から受け止めたいと思うほどの魂に出会うことは難しい。


ああ、もうまた脱線してしまった。だいたい後期OPの「こぶし」が何だというのだ。そんなこと、ターンA全体からみれば、小さい小さい。こんなことぐらしか突っ込めないのだから、私は、ターンAの物語が、キャラが、キャラデザ・色彩感覚(安田氏バンザイ)が、背景が、音楽が(菅野氏バンザイ)心意気が(名前も知らないスタッフの皆々サマバンザイ)大好きなのである。
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by ruthk | 2005-03-28 12:25 | G

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