らはいむ

かなし

中学生の頃だったか
「かなし」という古語は、
「いとしい」という意味がある、ということを習って、なんでやねん?と思っていた。

冬の終わりの、ある日、ふと夜空を見上げて
そういえば、オリオン座は、暫く見ることができなくなるな、
ちょっと寂しいな、悲しいな
・・・ああ、これが愛しい、ということなのか、
「かなしい」と「いとしい」は、同じ根っこを持っているのだな、と実感した。


手にすることのできないもの、
刹那に生じ、そして、消え行くもの、に対する気持ち。
悲しくて愛しい気持ち。かなしい気持ち。
この気持ちそのものも、刹那に生じ消え行くもの。


「悲」という漢字の成り立ちには
「心が2つに分けられる」という解釈があるらしい。
「切ない」=「刹那い」とも通じてくるのだろうか。


愛することの反対は「憎悪」ではなく「無関心」だという。
たしかに「無関心」状態では、心に亀裂は入っていない。「悲」は生じない。

ならば「憎悪」はどうか。
心の亀裂から生じた「かなしみ」の1つの形なのだろうか。
だったら憎しみも「かなしい」ものとして、愛しく思えるのだろうか。
愛も憎悪も、単なる「執着」の形にすぎないのか。
だったら「かなしみ」も「執着」なのか。

・・・おっと、そろそろ頭が混乱してきた。

だから根源に戻ってみよう。「悲」の状態に。
シンプルに、かなしんでみよう。泣いて笑って怒って喜んで。慈しみながら。
そこから、慈悲のこころ、慈愛のこころに繋がっていけばいいのだけど。
[PR]



by ruthk | 2006-03-30 02:21 | ことば

わたしからわたしへの私信
by ruthk
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧