らはいむ

悲しい

ニュースは見ない。見たくない。
でも、ネットに繋ぐと
どうしても「痛いもの」が目に入ってしまう。



誰が悪かったのだろうか、とか
何が悪かったのだろうか、とか
よく、わからない。追及する気分でもない。
ただ、悲しい。


少し前にニュースになった
耐震偽装問題の渦中にいた建築士の奥さんが
亡くなった。飛び降り、らしい。

悲しい、話だ。

偽装問題の状況がある程度、明るみに出た後で、
この建築士が、単独インタビューに応じた姿を、テレビで、ちらっとだけ見た。
(実質的な害を被った方々には、申し訳ないのだが)
何らかの罪を告白し重荷を下ろす時、人はこんなに安らかな表情をするものなのか、と
少し感心してしまった。

今、彼はどんな表情をしているのだろう、
この「重荷」を彼はいったいこれからどのように背負っていくのだろうか、と
気にはなるが、そっとしておいてほしい。
こうなってくると、もう、彼の社会的責任問題外の問題なのだから。


もう1つ。

家に放火し、生まれたばかりの赤ちゃんを死なせ
実父と義母に重傷を負わせた少年のこと。
「信じてもらえてないと思って、悲しかった。」
少年は、本当に悲しかったんだと思う。
信じてもらえないと感じることは、とても悲しく寂しいことだから。
そして、悲しみが更に大きな悲しみを生んだ。悲しい。


「たかが、そんなことくらいで」と
誰かと誰かの悩みや苦しみを、簡単に「比較」するのは、きらい。
そんな囁きを生じさせる、あるいは反応する、自分の中の一部分も、きらい。




人は、「たかが、こんなこと」が理由で
かんたんに命を絶つよ。
理由なんて必要ないときだってあるよ。

他の誰かの命だったり
自分自身の命だったり。
そもそも命は、誰かのものではないのだと思う。




かなしいね。

かなしい、な。
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by ruthk | 2006-03-29 23:53 | つぶやき

わたしからわたしへの私信
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