らはいむ

慣性の法則

動き出したから、何とかなる・・・個人的励まし。
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# by ruthk | 2006-07-27 01:59 | つぶやき

徒競走

私は子どもの頃から足が遅い。

足が、うまく右左右左・・・と進めばいいんだろうけど
いつの間にか右左右左左左右・・・に、なる。

特技は、何もないところでコケルこと。


小学校の運動会での徒競走は、たいてい、5位6位争い(6人で走る場合)だった。
ところが、高校の体育祭での徒競走は、3位4位争い(6人で走る場合)だった。

先日、家族との、ちょっとした思い出話のついでに、そのことも話題にした。

おかん「うん、うん、あんた、嬉しそうに言ってたね。“足がちょっと速くなったかも”って。
実際、体育祭の徒競走で一生懸命走る高校生って、あんまりいないよね・・・って思ったけど
あんたがカワイソウで、よう言わんかった。」

弟「オレもオレも。あの年頃って、結構みんな冷めてるからなあ~」

私「・・・」




当時の自分がカワイソウで、涙が出た。(ウソ)


左右左右・・・と、ゆっくり確認して、やっぱり、たまに間違いながらも、
マイペースで走っていくつもりです。
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# by ruthk | 2006-07-26 00:46 | かいそうろく

数珠繋ぎのように

サイードとグールドとワーグナーとバレンボイムについて
ぼーっと思い巡らす。

何の判断も解釈も加えず、音楽を聴くように。


サイードはグールドが好きだったらしい。

昔ミニシアターで見た「グレン・グールドをめぐる32章」
サントラの、ほぼ全てがグールドの演奏だが
一曲だけ、ワーグナーの「トリスタンとイゾルテ」(指揮はトスカニーニ)が使われている。


ワーグナーの曲を、バレンボイムが、あの国で、指揮した時のニュースは、よく覚えている。


バレンボイムとサイードといえば
このCD聴いてみたいな。



でも、一番聴いてみたいのは、サイードの弾くピアノ。
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# by ruthk | 2006-07-25 01:27 | おんがく

眠れない/眠らない

どちらなのだろうか。

もう目が覚めた人も
これから眠る人も眠らない人も
幸せな夢を。


おやすみなさい。
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# by ruthk | 2006-07-24 04:20 | つぶやき

7月23日の個人的言い訳



○来週から来月にかけての予定にちょっとクラクラ。
こんなスケジュール組んだの誰よ?!と、文句を言いたくなりましたが、
よく考えたら、というか、よく考えなくても自分でした。

とはいっても、
私の仕事は、基本的に、量も負荷も最低出力。
「人に厳しく自分に優しく」、自己中心・ご都合主義をモットーに
日本人として、それはどうだろう?という生活を享受しているため、
多少、量と負荷が増えたところで、全くたいしたことがないのです。


○来月から、マイブログの在り方を見直そうと思っています。
でも、今月は、小さな野望があるため、今まで通りです。


○先日からの「言い訳」つながりでexcuseの語源を調べてみました。
ラテン語でexcsre(ex-外へ+causa罪)、罪を解除する、ということらしいです。
言い訳すれば罪が解除されるのか?
まあ、もやもや溜め込んでいるより、外に出した方がいいもんなあ。
でも、この場合の“罪”ってなんだろ?外に出た後、どこにいくんだろ?
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# by ruthk | 2006-07-23 00:58 | つぶやき

インスタント食品生活

第1ご飯 納豆ご飯+青紫蘇

第2ご飯 納豆ご飯+茗荷

第3ご飯 納豆ご飯 冷奴+青紫蘇+茗荷

納豆は、スーパーで3個(または4個パック)で売られているもの。
ふたを開ければ、3分待たなくても、すぐ食べられるので、とってもインスタントです。
冷奴も似たようなものです。


要するに、ガスコンロの火をつけたくありません。ぐったり。
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# by ruthk | 2006-07-22 01:37 | つぶやき

責任


先日の日記は

まるで“彼ら”が「respons/ibility」や「account/ability」を放棄しているように
誤解されそうだなあ。と、自分にツッコンでみる。
(・・・普通しないか?自分は、誤解や早とちり多いからなあ、念のため。)

「言い訳をしない」という、日本的(?)美学は、多分に、
リスポンスしない、己の立ち位置を明確にしたくない、「責任」を回避したい、
という思惑を孕んでいることもあるのだが、

“彼ら”にいたっては、それはないと思う。




“彼ら”を“弁護”するために、こんな意味不明の文を、書いているわけではない。
ただ、モヤモヤすることを吐き出しているだけ。
“敵”だろうが“味方”だろうが、顔も名前も知らない誰かが死んでいくのは、悲しい。それだけ。

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# by ruthk | 2006-07-21 01:35 | ことば

言い訳

彼らは、死者を言い訳にしない。「忘れない」だけ。

だから生きる。生をつなぐ。徹底的に。




言い訳は、しない。

嫌われても孤立しても。
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# by ruthk | 2006-07-19 13:25 | つぶやき

おかんに本

「豚に真珠」「猫に小判」「おかんに本」という諺があるように
(三番目は私が作りました。)

おかんと本の組み合わせには、とっても違和感があります。

豚は豚、真珠は真珠、おかんはおかん、本は本。



おかんが、ごく稀に、本の話をしたり、本を読んでいたりすると
「おかん、どしたと?どっかで、またヘンナモノ拾って食べたと?」と
ツッコミを入れたくなります。

昨日の続きですが
おかんは、「自分は結局、死者を言い訳にしてしまったのだ」と反省していました。

それで、その反省のきっかけとなったラジオ番組で取り上げられていたのは
「他者と死者」(内田なんとか、という人、って、おかんが言っていたから、たぶんこちら。)という本でした。

おかんが本の話をすることは、たいへん珍しいことなので
読んでみたいなあ、と思いました。
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# by ruthk | 2006-07-18 00:25 | かいそうろく

母の反省

母が、毎朝通勤中に聴くラジオ番組で
「いい話を聞いた。いろいろ反省した。」と
真面目な顔をして言った。

なんでも、その話というのは、要約すると
「死者を言い訳にしてはいけない。」ということらしい。


母が、何に反省したのかというと、

5年くらい前、とある山奥の寂れた村の小さなお葬式で
母がしたことについて、だ。ごくごく個人的なこと。

あの時、私も、その場にいた。弟もいた。

母の近しい人のお葬式で
その人に一番近しいとされる人が、喪主として
“感動的”な言葉で埋められた“素晴らしい”挨拶の最中、
母は怒りに涙を流しながら、その人に食ってかかってしまったのだ。

私は、“世間的常識”見地から、一応止める素振りはみせたが、結局、止めるのをやめた。
弟は、何も行動を起こさず、じっと見ていた。
その場にいる誰もが、止めることをしなかった。たぶん、できなかったのだと思う。

「もういいがね・・・。“みんな知ってる”んだから。」と
すぐ、そばにいた、母の同級生にあたる人が、小さな声で
母を気遣うように言ったのが聞こえた。

あとで親戚筋数人から、「何て恥さらしなことを」と詰られた。
たしかにね、ムラの“世間的常識”から見れば、大恥さらし。


あの時、私は、母を強く止めるべきだったのだろうか。
もちろん“世間的常識”“恥”の見地から、ではない。


心のどこかで気にしていた。


それが、5年以上もたった今になって、
ふと、母が「反省」を口にしたので、ちょっとびっくりした。

そして、母の反省の理由となった
「死者を言い訳にするな。亡くなった人を、自分に都合よく使うな。争いの元にするな。」
という話は、なるほど、そうだよなあ、と印象に残った。
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# by ruthk | 2006-07-17 00:17 | かいそうろく

わたしからわたしへの私信
by ruthk
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