らはいむ

カテゴリ:かいそうろく( 30 )




家族間の順位づけ

我が家の力関係は

おかん>トニー>弟>チビ>私。
(ただし下位3人(2人と1匹)の順位は流動的。)


トニーの主人は、おかん。
チビの主人は、弟。
私は、一応無関係、あるいは2匹の下僕。


ペットと私の冷めた関係については、以前書いた。
実家に居候する際、
「犬の面倒はみないから。」と言ってはいたものの
私は、家にいる時間が、基本的に一番長いため
毎日、水とエサとトイレのチェックはする。敷地内を適当に歩かせる。

あまり犬に感情移入したくないのだが
先日のチョコの件では、ちょっと動揺してしまった・・・。
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by ruthk | 2006-09-09 23:51 | かいそうろく

夏の午後

e0068360_2142097.jpg

この黒い物体・・・
まるで何かのフ・・・

いえいえ、とっても甘くて
美味しいモノ。



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ヤマモモの砂糖漬けでした。
1年モノ。
ジュースもできました。
ばあちゃん、どうぞ。



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じいちゃんも、どうぞ。



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おかんの山に咲いていた
うこんの花。

カレーっぽい派手さはなく、
意外と慎ましやか。
カレー、食べたい。




◇   ◇   ◇


まったり家で過ごすお盆休み。
日暮れ、送り火を焚いた。
じいちゃん、ばあちゃん、また来年!
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by ruthk | 2006-08-15 21:19 | かいそうろく

徒競走

私は子どもの頃から足が遅い。

足が、うまく右左右左・・・と進めばいいんだろうけど
いつの間にか右左右左左左右・・・に、なる。

特技は、何もないところでコケルこと。


小学校の運動会での徒競走は、たいてい、5位6位争い(6人で走る場合)だった。
ところが、高校の体育祭での徒競走は、3位4位争い(6人で走る場合)だった。

先日、家族との、ちょっとした思い出話のついでに、そのことも話題にした。

おかん「うん、うん、あんた、嬉しそうに言ってたね。“足がちょっと速くなったかも”って。
実際、体育祭の徒競走で一生懸命走る高校生って、あんまりいないよね・・・って思ったけど
あんたがカワイソウで、よう言わんかった。」

弟「オレもオレも。あの年頃って、結構みんな冷めてるからなあ~」

私「・・・」




当時の自分がカワイソウで、涙が出た。(ウソ)


左右左右・・・と、ゆっくり確認して、やっぱり、たまに間違いながらも、
マイペースで走っていくつもりです。
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by ruthk | 2006-07-26 00:46 | かいそうろく

おかんに本

「豚に真珠」「猫に小判」「おかんに本」という諺があるように
(三番目は私が作りました。)

おかんと本の組み合わせには、とっても違和感があります。

豚は豚、真珠は真珠、おかんはおかん、本は本。



おかんが、ごく稀に、本の話をしたり、本を読んでいたりすると
「おかん、どしたと?どっかで、またヘンナモノ拾って食べたと?」と
ツッコミを入れたくなります。

昨日の続きですが
おかんは、「自分は結局、死者を言い訳にしてしまったのだ」と反省していました。

それで、その反省のきっかけとなったラジオ番組で取り上げられていたのは
「他者と死者」(内田なんとか、という人、って、おかんが言っていたから、たぶんこちら。)という本でした。

おかんが本の話をすることは、たいへん珍しいことなので
読んでみたいなあ、と思いました。
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by ruthk | 2006-07-18 00:25 | かいそうろく

母の反省

母が、毎朝通勤中に聴くラジオ番組で
「いい話を聞いた。いろいろ反省した。」と
真面目な顔をして言った。

なんでも、その話というのは、要約すると
「死者を言い訳にしてはいけない。」ということらしい。


母が、何に反省したのかというと、

5年くらい前、とある山奥の寂れた村の小さなお葬式で
母がしたことについて、だ。ごくごく個人的なこと。

あの時、私も、その場にいた。弟もいた。

母の近しい人のお葬式で
その人に一番近しいとされる人が、喪主として
“感動的”な言葉で埋められた“素晴らしい”挨拶の最中、
母は怒りに涙を流しながら、その人に食ってかかってしまったのだ。

私は、“世間的常識”見地から、一応止める素振りはみせたが、結局、止めるのをやめた。
弟は、何も行動を起こさず、じっと見ていた。
その場にいる誰もが、止めることをしなかった。たぶん、できなかったのだと思う。

「もういいがね・・・。“みんな知ってる”んだから。」と
すぐ、そばにいた、母の同級生にあたる人が、小さな声で
母を気遣うように言ったのが聞こえた。

あとで親戚筋数人から、「何て恥さらしなことを」と詰られた。
たしかにね、ムラの“世間的常識”から見れば、大恥さらし。


あの時、私は、母を強く止めるべきだったのだろうか。
もちろん“世間的常識”“恥”の見地から、ではない。


心のどこかで気にしていた。


それが、5年以上もたった今になって、
ふと、母が「反省」を口にしたので、ちょっとびっくりした。

そして、母の反省の理由となった
「死者を言い訳にするな。亡くなった人を、自分に都合よく使うな。争いの元にするな。」
という話は、なるほど、そうだよなあ、と印象に残った。
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by ruthk | 2006-07-17 00:17 | かいそうろく

友だち

小・中学生の頃の、個人調査表の質問事項

「友だちの名前を5人書きなさい。」

それに対して
「どこからが友だちで、どこからが友だちでないのか、
よくわからないので、書けません。」

と答える、ちょっとイタイ子どもだった。

「それはプライバシーの問題ですので
お答えしかねます。」

と答える子どもと、どちらがイタイのだろうか。

まあ、いいや。


今でも同じ質問に対して似たような答えを返すのだろうか。

今は、3人くらいなら挙げることができるのかな。
それだけが、当時に比べて若干成長した点なのかもしれないな。

どんなに離れていても無沙汰をしていても
たぶん友だち。大切な友だち。
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by ruthk | 2006-06-17 23:09 | かいそうろく

父の日

父の日って終わったんでしたっけ、まだでしたっけ?


うちのおかん、
私が子どもの頃、私の父と母(要するに、おかん)を
「パパ」と「ママ」と呼ばせていたらしいです。
おかんのくせに、ありえません。

私が3歳くらいの時に、母はパパとパートナー解消しました。
でも、当時の名残で、私は、その人のことをパパと今でも呼んでいます。

10年後くらいに、母のパートナーとなった人のことは「お父さん」と呼んでいました。
一時期、私には2人父親が存在していましたが
「パパ」と「お父さん」と呼び分けていました。


でも、私はパパに向かって、
直接「パパ」や「お父さん」などと、呼んだことがありません。

が、親しい第3者(おかんも含めて)と話すときは
「パパ」と呼ぶこともあります。

学生の頃、友人に「うちのパパがさあ~」と言ったところ
「お、おまえ、パトロンいるんか?」
と、吃驚されたことがあります。
え?パパってパトロンなの?って、私の方が吃驚しましたが
まあ、私とパパとの間に流れるビミョ~な空気、血縁者としての親密さとヨソヨソしさは
何らかの誤解をされても仕方がないかもしれません。


ちなみに、母が「お父さん」とパートナー解消した際、ちょっとゴタゴタしてしまったため
今では、その人を指すときは「アノヒト」です。ちょっと悲しいです。

◇  ◇  ◇

パパ、お父さん(現アノヒト)、お元気でいらっしゃいますでしょうか?
父の日にちなんで、一応ご挨拶しておきます。届かないとは存じますが。
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by ruthk | 2006-06-14 23:58 | かいそうろく

あさがお回想録

e0068360_215221.jpg朝顔が咲いていた。

今月初めくらいから、ぽつぽつと2つ3つ。
今日は10くらい。
小さくしか撮れなかったけど、そのうちの1つ。

ここの朝顔は、去年は11月の終わりくらいまで咲いていた。

◇  ◇  ◇

小学校1年生の頃、授業で観察した朝顔。
1人1人が自分の鉢を持って、育てた。

私の鉢の朝顔は、なかなか花をつけてくれなかった。
周囲が次々と、ピンクや青の、瑞々しい、小さな可憐な花を咲かせていくのを横目に見ながら
もう自分の朝顔は咲かないのかな・・・と、あきらめかけていた。

でも、最後の最後、どーんと、でっかい紫の朝顔が咲いた。

少々くたびれた風情の花だったけど、嬉しかった。
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by ruthk | 2006-06-13 02:18 | かいそうろく

拳の友へ

実は、大学の時、武道系・拳系の体育会に所属していました。

私の運動神経のなさ体力のなさは、謙遜の余地もないほど、ひどいものです。
子どもの時から、そうでした。今でもそうです。
それが、大学生になって、一念発起、
ちょっとスポーツでもして、ダイエットでもしよう!と思い
選んだのが・・・。あは、あはは・・・。いろいろ知らない・慣れないことが多すぎました・・・。

型を覚え、演武を練習するのが、基本でしたが、乱捕りもありました。

キックミットも蹴り、サンドバッグも打ちました。
もちろん、ボクササイズなんていう、エレガントなものではありません。

マウスピースを、歯形を取るために、お湯につけて噛み締めたとき、
自分の中で、何かが終わったな、と感じました。

最大のインフェリア・コンプレックスに向き合う日々。
己の情けなさに、つい人前で涙を見せたり、昇段試験に落ちたりしながらも、
周囲の(同情混じりの)温かい励ましにより、4年生の夏に引退するまで、
何とか在籍していました。
今となっては、いい思い出・・・と言いたいところですが、
自分史の中では黒歴史です。

「もう2度と、拳と名のつくものには手を出すまいと思っていたのに
最近、太極拳を始めてしまいました。」と
そこで出会った、私の数少ない友人の1人に、最近、書き送りました。
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by ruthk | 2006-05-30 23:57 | かいそうろく

ガイジン その2

昨日の続き。

というか。

ちゃんと、続けろ。いったん、“その1”と書いたからには。

実は、「左と右 その1」というタイトルも
2ヶ月くらい前に、続く、と書いておいて、まだ、その2が、ありません。
(まあ、そんなことを気にしているのは、自分自身だけでしょうが、自分との約束も、ちゃんと守りたいものです。)
近いうちに、ちゃんと書きます。2年以内くらいに。

まず、オチを予め言っておくと、
「自分は自分でとっても日本人だと思っているし、とっても日本人になりたいのだけど、小さい頃から感じてきた違和感はいったいなんなんだ。この“ガイジン感”はいったいどこから来るんだ?・・・じーちゃん、中国人だって?なあんだ、わたしも、やっぱりちょっとガイジンだったんじゃん。うーん、でも、それはあんまり関係ないような気もするよ、そもそも中国人と日本人って、そんなに違うもの?そもそも、民族とか人種とかの違いってナニ?その“違い”からあるいは、それを大義名分として生じるコンフリクトはいったいどこから来るのかなあ・・・つらつら、つらつら・・・(意味不明)」
というようなことを、筋道立てて書こうと思っていました。
いっぺんには、ちょっと難しすぎました。てか、民族・人種・宗教・・・という言葉が
出てきた時点で、頭がフリーズしました。
あくまでも個人的なネタの範囲で、ぽつぽつ、語っていきたいと思います。


あ、そうそう、おかん、退院しました!
この週末は、おかん退院記念!どこか行こう!と弟と計画を立てていたのですが・・・

・・・おかん、朝からいません。
お見舞いに来ていただいた方々への、ご挨拶まわりで
あちこち車で走り回っています。山も待っています。

お見舞い返しを持っていくために、ご訪問しているはずが
また、そのお返しに、いっぱい食べ物・その他いろんなものを、いただいて帰ってきます。

どう考えても、おかんが、いただいてくる食べ物で
私たち家族の食べる物が、満たされています。

ありがたいことです。

皆様からいただいた餌のおかげで、おかん、まるまる元気に動いています。
その姿は、ちょっとガイジン・・・というか、むしろジンガイ、って感じです。

ありがたいことです。
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by ruthk | 2006-05-21 23:59 | かいそうろく

わたしからわたしへの私信
by ruthk
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